夜。
警 報の音が喧しく鳴り響く。
「X-4869っ!戻りな さいっ!」
研究者達の叫び声が聞こえる。
『カンセイヒン』が逃げると研究が進まなくて困るのだろう。
そ れでも私は戻らない。
「W-7出動!射殺許可っ!」
続いて発砲音。
脇腹に痛みが走る。
次 は肩。
裸足の足はボロボロだ。
それでも私は走るのを止めない。
もううんざりだ。
シ リアルナンバーで呼ばれる生活も実験だらけの毎日も。
死ぬ前に一目でいい、塀の外の世界を見てみたかった。
いつ か『彼』が言っていた外の世界を。

#000 プロローグ


外 は『アメ』だった。
流石に研究所の薄い服だけでは寒い。
私は傷だらけの体を抱えて街角の建物の陰に身を潜めるよ うにしゃがみ込んだ。
撃たれてぼろぼろの体に鞭を打ってここまで来たが限界がきたようだ。

行 くアテなど、ない。
何も考えずに研究所を飛び出した自分が情けない。

視界が、霞む。

「お い、どうした?」
不意に声をかけられる。
研究所は私達に必要以上の言葉を教えない。
これで も私は『彼』が教えてくれた分他の被験体よりも語彙は豊富な方だろう。
その少ない知識で何とか聞き取る事ができる単語だった。

雨 が降っていておまけに夜で人気のない街角に私ぐらいの年の少女がうずくまっていたら不信に思うのが当たり前らしく、この人もきっとそれで声をかけてきたの だろう。

私はのろのろと少しだけ顔を上げた。
動くのが酷く億劫だった。
そ こには私より幾つか年上ぐらいの青年が立っていた。
髪と瞳の色は私と同じ黒で、暗くてよく見えないが背中に身の丈程もある何かを背 負っている。
その黒い髪から水が滴る。

「おい、怪我してるのか!?手当しないと…」
青 年が驚いて声をあげる。
私の怪我は普通に考えれば酷いものに分類されるのだろう。
「来いよ。今日は雨だし冷え る。此処にいたんじゃ死んじまう」
青年は私に手を差し出した。
しかし私はその手を無視した。
「い いです…」

撃たれたせいで体中が痛い。
特に脇腹の傷は深くドクドクと血が流れているけれど そんなことどうでもよかった。
もう放っておいてほしかった。

「いいわけないだろ。ほら」
青 年は私の腕を引っ張って立たせようとした…が、私はその腕を振り払った。
「私は外、出れただけでいい。行くアテ、知り合い、居場所、 ない…。私、狭い檻の中で生きたくない。此処で死ぬ。きっと、それ、幸せ」
我ながら酷くたどたどしい喋り方だ。

本 心は違った。
生きて外の世界をもっと見たいと思っていたし、死んだ方がいいなんて思っていなかった。
『彼』は 言っていた。
「――。外は美しい所だよ」
何と呼ばれたのかはもう思い出せない。
けれど外が どう美しいのか熱心に話してくれたことだけは今でもしっかり覚えている。

でもどんなに願ってもこの現状が変わる わけでもないし、下手に希望を持つよりいいと思っただけだった。

「死んで幸せな事があるかよっ!」
そ んな私の気持ちを見透かしたように青年が叫んだ。
私は驚いてびくっと肩を震わせた。

「居場 所―ない―俺が居場所―やる――。――死に急ぐ――早過ぎる」
所々聞き取れない所があったが内容はなんとか掴めた。
青 年は私に手を差し出す。
「生きたいならこの手をとれ」
私は戸惑って青年を見上げた。
「生き るか、自分で決めるんだ」
彼は真っ直ぐ私の目を見つめ返した。
私は引き寄せられるように彼の手をとった。
青 年はホッとしたように笑みを見せる。
「俺はセイル。セイル・ウ゛ィークス」
「セイル?」
「君 の名は?」
「私――」
名前?
私の名前?
ぐるぐると回る思考に飲み込ま れそうになったときセイルがまた口を開いた。
「――傷――手当て――にしないとな」
セイルが私を抱え上げた。
「宿 ――近くだから――我慢してくれ」

こうして、降りしきる雨の夜私は彼に拾われた。







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