「よかった。腕は鈍っていないようだね」

「クロード……!」

#003 クロード



離れていくセイルの背中を見送り、私は駅の壁に背を預けた。
その時、微かな殺気。
私は反射的にバッと身を起こす。

「動くな」

低い声。
喉元のナイフ。


嗚呼、また――。


またセイルに迷惑をかけてしまう。
そんな考えが脳裏を過ぎる。

「歩け」
私は言われるままに歩くふりをした。
すると一瞬背後の男に隙ができた。
その隙をついてナイフを叩き落とすとセイルが向かった出入口とは逆に向かい
塀を乗り越えると人でごった返す街を駆けた。

街を駆けぬけ逃げ込んだ先は行き止まりだった。
立ち止まり振り返る。
相手は5人。
どうも『実験体』ではないようだ。

この人数なら、いける。


まず手前の男の鳩尾に肘を叩きつける。
倒れるのを確認するより早く2人目の首に手刀を落とす。
3人目には悪いが腕を折らせてもらった。
手に残る感触と悲鳴が気持ち悪かった。
残りの2人は青い顔をして逃げて行く。
どうやら研究所に雇われただけのようだ。

その背を見て安心しかけたとき、不意に気配が一つ増えた。
咄嗟に拳を突き出すといともたやすく止められる。
そしてそのまま腕を捕らえられた。

「よかった。腕は鈍っていないようだね」

「クロード……!」

声と共に現れたのは研究所の中でも高い地位にいる中性的な顔立ちの男。
クロード・ロゼル。
過去の数々の実験が思い出されて身体が震えた。

無意識に彼の腕を振り払ってじりじりと距離をとっていた。
危険だと頭の中で警鐘が鳴るがここから逃げたところで彼から逃げ切れないことなどわかっていた。
クロードはとても狡猾で非道な男だった。
ここで捕まれば何をされるか分からない。
今までよりもっと酷い実験が待っているかもしれない。

彼が一歩近付く度、私は一歩後ずさる。
「君も強情だね?二月も逃げ回って。大人しく研究所に戻ればいいのに」


一歩。


――――――セイル

「僕が掛け合ったからもう殺される心配はないよ?」


一歩。


――――――セイル、セイル、セイル


「………来ないで……」


一歩。


足が震える。
セイルに来てほしい、助けてほしい。
だけどここに来たら彼も巻き込まれてしまう。
クロードに殺されてしまうかもしれない。


――――――セイル


「怖がってるの?実験道具のくせに大分感情豊かになったね」


一歩。

来てほしい、でも来ないで。


「まあ感情が実験にどういった影響を及ぼすか興味はあるけどね」


一歩。


「実験に協力する気はありません」
震える声をなんとか悟られないように大きな声で私はきっぱりと言った。

「何故?」


一歩。


「実験道具は実験に使われるから意味があるんだよ」


一歩。


「君なんてただの実験道具にすぎないのに」

「違う…私は……」
声が、震えた。
背中が壁に当たる。
足元から黒いものが這い上がって私を雁字搦めにするような錯覚。

「どこが違うんだい?」

一歩。

「現に君は―――」
クロードが手を伸ばし、私の頬に触れようとする。
その時だった。
頭上から黒い影が舞い降り、クロードが後ろに退くのとほぼ同時に何かが彼の頭があった所を凪いだ。

「随分失礼なもの言いだな」
その声は馴染みのあるものだった。





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